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東京家庭裁判所 昭和41年(少)4098号 決定 1966年6月07日

少年 G・U子(昭二五・二・二二生)

主文

少年を東京保護観察所の保護観察に付する。

理由

一、非行事実

少年は、東京都杉並区○○町○丁目○○○番地所在東京都立○○○高等学校第一学年に在学していたものであるが、平素勉強に身が入らず、自己の学力にも自信を失い、同校において、昭和四一年二月○日から実施される予定の標準試験(成績順位が公表されるもの)を目前にひかえて苦悶の日々を送っていたところ、

(1)  昭和四一年一月○○日未明、当時の自宅である東京都杉並区○○○×○丁目○○番○○号の居室内において勉強中、学校が火事になれば前記試験が延期されるかも知れないと考え、ホワイトガソリンを使用して学校に放火しようと決意し、同日午前三時五〇分頃、かねてからドライクリーニングに用いるため購入してあった一斗罐入ホワイトガソリンの適当量をありあわせの空びんに移し入れ、これと小型マッチとを携行して前記○○○高等学校に至り、同日午前四時一〇分頃、同校第一校舎職員室の南側換気窓附近に所携のホワイ卜ガソリンをふりかけ所携のマッチに点火した上これを同所附近に燃げて放火し、同校舎に燃え移らせて炎上するに至らしめ、よって、現に同校警備員○藤○雄等が現在する同校々長○尾○仁管理の木造瓦葺二階建校舎一棟延一二四二・六一平方メートルを焼燬し、

(2)  上記校舎の焼失にもかかわらず、標準試験の実施が延期されなかったため、更に自宅附近に火災があって受験できなかったという口実を作るべく自宅附近の適当な場所に放火しようと決意し、同日午後〇時二〇分頃、前記ホワイトガソリン入の罐を持ち出して自宅北隣である杉並区○○○×○丁目○○番○○号阿○薫方南側板塀のほぼ中央部に至り、同塀の下部にホワイ卜ガソリン若干をふりかけ、これに所携のマッチで点火して放火し、右板塀等約二〇平方メー卜ルを燻焼させ、そのまま放置すれば、右阿○方家屋等を焼燬し大事に至るべき状況を生じさせ、もって公共の危険を生じさせ、

(3)  更に同様の理由から、同様の放火を決意し、同日午後二時一〇分頃、上記罐入ホワイ卜ガソリンの適当量をありあわせの空びんに入れて、これを携行した上、自宅東隣の杉並区○○○×○丁目××番○○号鈴○△方南側板塀の西側角に至り、右板塀に所携のホワイトガソリンをふりかけ、これに所携のマッチで点火して放火し、右板塀の一部を燻焼させ、そのまま放置すれば右鈴○方家屋等を焼燬し大事に至るような状態を生じさせ、もって公共の危険を生じさせ、

(4)  上記(2)(3)の放火により昭和四一年二月△日実施の標準試験を受験することを免れたが、引続いて実施される同試験を免れるため自宅に放火しようと決意し、昭和四一年二月×日午後零時一〇分頃、前記当時の自宅において前記ホワイ卜ガソリン若干を一升びん様の空びんに移し入れ、これを自宅西裏側窓下の古書籍等を入れてあった木箱附近に置き、マッチを用いて、右木箱内の書籍等の紙類に点火して放火し、上記びん入のホワイトガソリンとともに炎上させ、自宅家屋に燃え移らせて、現にG・N他三名が住居に使用する前記建物の八畳間西側窓の敷居、下見板(約二平方メートル)を焼燬し

たものである。

二、罰条

(1)、(4)の事実については刑法第一〇八条

(2)、(3)の事実については同法第一一〇条一項

二、主文記載の保護処分に付する理由

(1)  試験観察に付した事情

少年の家庭環境、生育歴、学校関係などは、少年調査票記載のとおりであるが、主たる問題点は次のとおりである。

父母共に少年の能力や性格を正当に評価し得ず、適切な家庭教育を施し得なかったのみならず、特に母は要求水準が高く、幼時からバイオリンの天才教育を受けさせたり、高校進学の際も少年の実力以上の学校へ入れようと努力したりした反面、父の収入が決して不充分ではないのに、子供に手がかからなくなったことを理由に母も外に職を求め、子供の養育に専念しなかったなどのことはあったけれども、家庭環境はむしろ良好であった。しかるに本件事件の後父親が国電東中野駅においてホームから落ち電車にはねられるという事故により入院、更に入院中結核病巣が発見され向後二年間程の入院加療を要する見込となり、加えて、母は少年及び父以外の家族と共に、従来の住居を引き払い、暫時間借生活をすることを余儀なくされたので、本件第一回審判時(昭和四一年四月五日)には到底少年を引き取れる熊勢になく、かつ爾後引取態勢がととのうかどうかも不明な状態であった。

一方少年は、たまたま女子の受験者が少かったという好運もあって、○○○高等学校に進学することができたものの、入学後間もなくから“これはとてもついていけない”という劣等感、落後感になやまされるようになり口実をもうけて試験を受けなかったこともあった外、後記性格から自己を実力以上にみせかけようとする種々の行動、熊度、嘘言(嘘言の中には他に母や兄に対する複雑な感情に発すると思われるもの、例えば「母は継母である」「東大に行っている仲の良かった兄が交通事故で死んだ」などというものもある)がみられ、そのために学友達は、少年は音楽絵画はもとより通常の学科についても非常に優秀だと思い込んでいた(少年において、思い込ませていたと言ってもよい。学校、近隣、はては自宅にまで放火した本件の動機が単に受験を免れるためというに過ぎないことも、かかる特殊事情と少年の後記性格によって始めて理解できる)。しかしながら少年はこれまで一度の非行歴もなく、問題行動としても、中学三年時に一週間程家出しこの間ハイミナールを服用したり不良友人のもとに泊ったりした外は、特に目立ったこともなく、非行性が顕著であるとは言えない。なお少年は昭和四一年二月○○日○○○高等学校を自発的に依頼退学した。

少年の性格等は少年鑑別所の鑑別結果通知書記載のとおりであって、(イ)自己顕示性が強く、“五のことを一〇”に言ってしまうことがあり、自己顕示と不安とで精神状熊のまとまりがなくなってくると無理に統合しようとするが失敗する、気分がいらだち突然衝動的な行動に出ることがある。(ロ)人中において明朗活発に振舞うことがあるが、それは装いであって気持は周囲の人々から離れ孤独である。元来人間関係における接触が乏しく人中に入ることを好まないにもかかわらず反面愛情欲求は強い。(ハ)不安、自信の喪失、疑惑感などにつかれて他人に甘える態度を示すこともあるが急に黙りこみ、寄せつけないような構えをとる。(ニ)空想への逃避がみられる。(ホ)所為状況に自己を適応させていく力が弱く、形式主義的な自己の観念に無理に現実をあてはめようとすることがある。などの性格特性がみられ、分裂病質の疑と判定されている。しかも、この場合の「分裂病質の疑」とは「正常と分裂病質の間」ではなくて「分裂病質と分裂病の間」であり、潜伏性分裂病ないしはきわめて軽微な分裂病過程を否定し得ず、入院措置或は少くとも通院による心理療法を必要とするというのである。

以上の如くであって、第一回審判時においては在宅、収容いずれが相当とも、また入院が必要か否かも判定できない状況であった。そこで少年を試験観察に付し、身柄を補導委託先である社会福祉法人ミッドナイトミッションのぞみ会東京望みの門婦人ホームに補導委託すると共に専門医の診断と心理療法を受けさせることにした。

(2)  その後の事情及び試験観察の経過

(イ)  少年の精神状況等

試験観察決定後間もなく、鑑別所長より精神衛生法第二六条の通報がなされ、診断の結果入院の要はないものとされ、以来少年は○○○保養院に通院し精神療法を受けた。しかし、少年は非常に防衛的態度が強く、嘘言が多く、無理に話させようとすると激するなど精神療法に乗ってこないため効果が上らなかった(一般に精神病質は最も精神療法になじまないとのことである)。こうした経過に照らし、少年の現症は精神分裂病ではなく、顕揚欲の強い精神病質であり、社会生活、集団生活が非常に困難で、集団の中にいれば必らず悪い面が剌戟されて出てくるなどのことが判明した。これを裏書きするように、少年は補導委託先においても、委託後しばらくするといわゆる地金を出し、調査報告書記載のように自己顕示性に基く嘘言を交えた種々の言動により同室者等に迷惑をかけたもようである(なお、この委託先にはいわゆる非行少年は他に一名委託されていただけで他の居住者はいずれも通常の社会人たる女性である)。しかし、少年は第二回審判(昭和四一年六月七日)時には、自己性格上の欠点をすなおに認め、性格はなかなか直らないなどと言いながらも、これを直すように努力すること、自己の性格上の欠点から再び間違いを起さないようにすることなどを誓った。

(ロ)  家庭環境等の変化

危懼された父の受傷及び疾病は、軽く第二回審判時には既に退院し、従前どおりの職につき、少年の肩書地に家を借り、一家が安定した家庭生活を営めるようになった。また、少年の父母にはやや少年と似かよった性格特性が認められないではなく、捜査、調査の段階では非協力的なこともあり、少年の能力や性格をありのままに正しく把握し、これに対して適切な保護指導を加えることや、こうした点についての他からの助言にすなおに耳をかたむける熊度において欠けるところがあったが、こうした点もようやく改められた。

(3)  結論

以上を要するに、少年については少年院に収容して性格の矯正を画ることは不可能であり、少年院収容はかえって悪影響を及ぼすおそれがある。本件は事案極めて重大ではあるけれども、行為時及び審判時における少年の年齢、本件の動機原因、検察官も刑事処分を求めていないことその他諸般の事情に照らすと司法的見地から刑事処分或は少年院送致にしなければならないとまでは考えられない。

それ故少年を保護観察に付し、できれば専門的知識を有する保護司により、少年の性格等を充分考慮に入れた上で、少年がその性格の故に再び窮地に陥いることのないよう適切な指導監督を加え、保護者の養育熊度にも適切な助言を与えるのを相当と認める。

よって主文のとおり決定する。

(裁判官 篠清)

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